
福井工業大学
生成 AI と Google Cloud を活用し実現する、福井県の地域観光 DX
福井県福井市に位置する福井工業大学。同大学の芥子 育雄氏の研究室では、福井県の観光客から収集したアンケートデータ(過去 3 年間で約 6 万件)を活用し、観光 DX を推進するプロジェクトに取り組んでいます。
本プロジェクトでは、これらの膨大な構造化・非構造化データを横断的に分析し、観光客一人ひとりの興味や属性に合わせたパーソナライズされた情報提供、観光資源の最適化に繋がる事業者へのフィードバックなどを行う活動の中核技術として生成 AI の活用を検討していました。
複数のクラウドサービスや AI モデルを比較検討した結果、データの収集・蓄積・分析基盤としての Google Cloud、及びその導入と活用を支援するパートナーとしてクラウドエースのサポートを選択。これにより、研究室の学生が主体となりながら、実践的な AI 活用プロジェクトを推進することが可能となりました。
本記事では、プロジェクトを主導した芥子氏に、生成 AI 活用における具体的な課題、Google Cloud 及びクラウドエースを選定した理由、導入後の具体的な成果、そして地域貢献も見据えた今後の展望について詳しく伺いました。
膨大な観光客データを活用する上での課題:生成 AI の可能性と現実的な壁
福井県観光連盟が収集した、観光客の動向を示す 6 万件に及ぶアンケートデータが存在します。データは、福井県の観光戦略をデータドリブンで進化させるための大きな可能性を秘めていました。研究室では、このデータを最大限に活用し、個々の旅行者に最適化されたレコメンデーション、データに基づいた観光事業者への具体的な改善提案、先進的な観光 DX の実現を目指していました。
しかし、この先進的なプロジェクトを推進する上で、特に生成 AI の活用においては、いくつかの無視できない課題に直面していました。プロジェクトを率いる芥子氏は、当時の状況を次のように振り返ります。
「生成 AI、例えば ChatGPT や Gemini といった最新の AI モデルを活用して、アンケートデータの分析やレコメンデーション生成を試みました。しかし、特に福井県固有の観光情報や地域情報は、一般的なインターネット上の学習データにはまだ十分に反映されていないためか、AI がハルシネーション(もっともらしい嘘の情報を生成してしまう現象)を起こすケースが見られました。非現実的なプランや架空の情報を生成してしまったりと、観光客に混乱を招きかねない誤った情報を提供してしまうリスクが顕在化したのです」(芥子氏)
さらに、生成 AI の特性として、一般的によく知られている人気の観光スポットやありきたりな回答を優先的に生成する傾向があり、特定の興味やニッチなニーズを持つ観光客に対して、真にパーソナライズされた、隠れた魅力を掘り起こすようなレコメンデーションを提供することの難しさも課題として認識されていました。また、観光情報は季節やイベントによって常に変化するため、日々蓄積される最新のアンケートデータをリアルタイムに近いスピードで分析し、その結果を観光事業者へ迅速にフィードバックすることで、サービスの改善や新たな企画立案に繋げるための、効率的かつ持続可能な仕組みの構築も必要でした。
加えて、大学の研究室が主体となるプロジェクト特有の課題もありました。
「研究プロジェクトの中心を担うのは意欲的な学生たちですが、彼らは数年で卒業していきます。そのため、開発したシステムのノウハウや知見が研究室内に継続的に蓄積されにくいという組織的な側面での課題がありました。最新の開発手法、例えば GitHub を用いたソースコード管理や CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)といったプラクティスも、学生によっては経験が浅い場合があり、開発プロセスの標準化や効率化も求められていました」(芥子氏)
技術的な側面では、レコメンデーション精度の向上を目指して、従来のキーワード検索に加え、ベクトル検索(意味的な類似性に基づいて情報を検索する技術)を組み合わせるアプローチ(RAG: Retrieval-Augmented Generation) も検討しましたが、芥子氏はその難しさも指摘します。
「キーワード検索とベクトル検索のハイブリッドアプローチは有望ですが、その実装には技術的なハードルがあり、特に応答速度や処理性能の面で、実用的なレベルに到達するにはさらなる工夫が必要だと感じていました。また、ユーザーの過去の検索履歴や行動履歴を効果的に管理し、それを継続的なパーソナライゼーションに活かすための機能も、当時はユーザとの一時的なやり取り(セッション)しか記録できない実装方法だったため、継続的なパーソナライゼーションには限界がありました」(芥子氏)
これらの多岐にわたる課題を乗り越え、福井県の観光 DX を真に前進させるためには、強力な技術基盤と、それを使いこなすための専門的なサポートが不可欠であると、研究室は結論付けました。
クラウドエースの支援を選択した理由:技術、コスト、そして伴走サポート
これらの複合的な課題を解決するため、福井工業大学の研究室では、複数の主要なクラウドプラットフォームと、それらが提供する AI サービスについて詳細な比較検討を行いました。その結果、データ分析基盤としての堅牢性と AI 開発機能の豊富さから Google Cloud を、そしてその導入と活用を専門的に支援するパートナーとしてクラウドエースを選択しました。芥子氏は、その選定理由を具体的に語ります。
「Google Cloud を選んだ理由はいくつかありますが、まず、Google Cloud からパートナー企業に提供されるファンドを本プロジェクトで活用できたのは、非常に大きかったと思います。また、福井工業大学 客員教授 Ankit Virmani 氏によるデモンストレーションを通じて、実際の Google Cloud 環境で Gemini がどのように動作し、アンケートデータからどのようなインサイトを引き出せるのかを具体的に見せていただけたことも、技術的な確信を得る上で大きな決め手となりました」(芥子氏)
研究プロジェクト特有の予算的な制約に対しても、クラウドエースの提供するサービスが有効でした。
技術的な優位性やコストメリットに加え、クラウドエースの導入支援や伴走サポートの手厚さも、最終的な決定を後押ししました。
「技術的な課題であったキーワード検索とベクトル検索のハイブリッドアプローチについても、クラウドエースさんから具体的な提案がありました。単にプロンプトを工夫するだけでなく、ユーザーインターフェース(UI)の設計段階から、例えば日付や地名といった特定の情報を自由記述ではなくメニュー形式で選択させることで、AI への入力情報を構造化し、キーワードによるスコアリングを実現するというアプローチです。さらに、アンケートデータの事前処理やベクトル化の方法についてもアドバイスをいただき、単なるツール導入に留まらない、問題解決に向けた具体的な改善提案をいただけると感じました」(芥子氏)
また、初回の打ち合わせから、福井工業大学のプロジェクトに対する熱意と技術への前向きな姿勢が印象的だったとクラウドエースの鈴木 南美は語ります。
「芥子先生から取り組みの内容をうかがった際、地域活性化に繋がるとても意義のあるプロジェクトだと思ったと同時に、Google Cloud の先進的な技術でその推進をサポートさせていただきたいと思いました。初回の打ち合わせでは、弊社のカスタマーエンジニアから芥子先生にベクトル検索の情報提供をしたのですが、2 回目の打ち合わせでは芥子先生が早速ベクトル検索を検証してくださっていたので、技術や新しい取り組みに積極的な芥子先生とであればクラウドブースターを活用して、より良い成果物を残せるのではないかと思いました」(鈴木)
クラウドブースターによる伴走支援と学生への貢献:実践的な学びとノウハウ蓄積
今回のプロジェクト推進にあたり、福井工業大学はクラウドエースが提供する技術支援プログラム「クラウドブースター」を効果的に活用しました。このプログラムを通じて、Google Cloud の初期設定やサービス選定に関するアドバイスから、具体的なシステム構築、そして将来的な運用を見据えた設計に至るまで、クラウドエースの経験豊富なエンジニアが研究室のメンバーと密に連携し、伴走する形で技術的な支援を行いました。
「プロジェクトの中心メンバーは研究室の学生たちですが、彼らは必ずしもクラウドネイティブな開発手法や最新の AI 技術に精通しているわけではありません。例えば、ソースコードのバージョン管理に GitHub を利用したり、CI/CD パイプラインを構築したりといった現代的な開発プラクティスについても、経験の差がありました。その点、クラウドエースのエンジニアの方々が、定期的なミーティングやハンズオン形式のセッションを通じて、学生たちのレベルに合わせて、アルゴリズムの考え方やシステム全体の構成を示すフローチャートなどを用いながら、視覚的にも分かりやすく提案していただきました」(芥子氏)
この伴走支援は、単に技術的な課題を解決するだけでなく、学生たちの成長にも大きく貢献しました。
「クラウドエースのエンジニアの方々との技術的な壁打ちを通じて、学生たちは Google Cloud の多様なサービスの中から最適なものを選択する知識や、実践的なシステム設計・開発スキルを身につけることができました。これは、座学だけでは得られない貴重な経験であり、彼らの将来のキャリアにとっても大きなプラスになったと思います。研究室としても、プロジェクトを通じて得られた知見やノウハウを、ドキュメントやコードとして蓄積しやすくなり、組織的な課題であった継続性の問題解決にも繋がっています」(芥子氏)
プロジェクトを担当した、クラウドエース 技術本部の滝澤 純一も、学生たちとの協働から得られた手応えを語ります。
「芥子先生のご指導のもと、学生の皆さんが非常に意欲的に、そして積極的に技術的な議論に参加してくださったのが印象的でした。我々が提示したアイデアに対して、学生さんならではの柔軟な発想でさらに良い提案を返してくれる場面もあり、非常に活発なコミュニケーションが生まれました。私たちにとっても、大学の研究プロジェクトをご支援するという貴重な経験を通じて、多くの学びを得ることができました」(滝澤)
クラウドブースターによる密な連携と相互の学びが、プロジェクトを成功に導く重要な推進力となったことが伺えます。
導入効果と今後の展望:パーソナライズとアラート機能の実現、地域 DX への貢献、そして更なる展開へ
クラウドエースの技術支援と Google Cloud の強力なプラットフォームを活用することで、福井工業大学の研究プロジェクトは、当初掲げていた主要な目的を着実に達成しました。具体的には、収集した膨大なアンケートデータに基づき、観光客一人ひとりの興味や過去の行動履歴を考慮したパーソナライズド・レコメンデーション機能と、アンケートの満足度評価や自由記述コメントの内容分析から観光事業者への対応が必要な事象を検知し通知するアラート機能のプロトタイプ開発に成功しました。
これらの成果は、プロジェクトの重要なステークホルダーである福井県観光 DX コンソーシアムに対してもデモンストレーションが行われ、その有効性と将来性が高く評価されました。
「開発したシステムをコンソーシアムの方々に見ていただいたところ、前向きな評価をいただくことができました。これは、クラウドエースさんからいただいた具体的な技術提案や、Google Cloud の最新機能に関する情報提供があったからこそ達成できた成果だと考えております」(芥子氏)
一定の成果を上げた一方で、芥子氏はこのプロジェクトの可能性をさらに広げるための今後の展望についても熱意を持って語ります。
「現状のシステムはプロトタイプであり、実用化に向けてはまだ改善すべき点が残っています。特に、公共交通機関の時刻表や施設の営業時間といった、正確性が絶対的に求められる情報に関しては、ハルシネーションのリスクを限りなくゼロに近づけるための更なる対策が必要です。これには、参照するデータソースの信頼性を高めたり、AI モデルのファインチューニングや定期的なデータ更新と検証のメカニズムを導入したりといった取り組みが考えられます」(芥子氏)
さらに、芥子氏はこのシステムの応用範囲を福井県内に留めず、より広域に展開していくことへの意欲も示しました。
「季節変動を考慮したレコメンデーション精度向上のためのベストプラクティス情報があれば参考にしたいです。さらに、北陸地域全体への展開を視野に入れた拡張性の高いシステム設計についても情報提供をいただければと考えています」(芥子氏)
この展望に対し、クラウドエースの牛神 友介も、これまでの協力関係を礎に、将来に向けた継続的なサポートへの意欲を語ります。
「まず、芥子先生の研究室チームが、既にこれほど精度の高いレコメンデーションシステムの基礎研究を進められていたことが、今回のクラウドブースタープロジェクトが短期間で成果を上げられた最大の要因だと考えています。我々はその優れた研究成果を、Google Cloud 上でスケーラブルかつ効率的に動作する Web アプリケーションとして形にするお手伝いをさせていただきました。生成 AI を取り巻く技術は、まさに日進月歩で進化しています。今後も、Google Cloud の最新技術動向やベストプラクティスに関する情報提供を通じて、福井工業大学様の更なる挑戦を、技術パートナーとして力強くご支援していきたいと考えています」(牛神)
クラウドエース株式会社 事業推進本部 第四事業部 / 鈴木 南美
クラウドエース株式会社 技術本部 第四開発部 / 滝澤 純一
クラウドエース株式会社 事業推進本部 第四事業部 / 牛神 友介
最後に、芥子氏は今後のクラウドエースとの連携に対する期待を次のように締めくくりました。
「これからシステムが扱うデータ量がさらに増大し、より高速な処理が求められるようになった際には、例えばベクトルデータベースの効率的なインデックス戦略や、大規模データ処理のためのアーキテクチャ設計など、さらなる技術的な工夫が必要になってくるでしょう。クラウドエースさんには、そうした高度な技術領域に関する専門的な情報提供や、具体的な実装に関する提案、継続的なご支援を期待しています」(芥子氏)
福井工業大学とクラウドエースによるこの度の連携は、大学が持つ研究シーズと、企業の持つ最新技術・ノウハウを結びつけ、地域社会の課題解決に貢献する「産学連携」の新たなモデルケースとなり得ます。観光客データの高度な分析と生成 AI の活用によって、福井県、そして北陸地方全体の観光 DX が今後どのように加速し、旅行者体験の向上や地域経済の活性化に繋がっていくのか、その動向が大いに注目されます。
※Google Cloud および Google Cloud 製品・サービス名称は Google LLC の商標です。
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